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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)6461号 判決 1960年7月04日

原告(反訴被告) 田中実

原告(反訴被告) 笹原吉治

右両名訴訟代理人弁護士 大崎孝止

被告(反訴原告) 鈴木太郎吉

右訴訟代理人弁護士 近藤善孝

被告 木原太郎

右訴訟代理人弁護士 小林徳太郎

主文

1  被告鈴木(反訴原告、以下被告鈴木という。)は原告(反訴被告、以下原告という。)らのため、別紙目録(一)の建物について、東京法務局品川出張所昭和三二年六月一八日受付第一一五一一号所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

2  被告木原は原告らに対し前項建物について昭和二三年二月八日贈与による所有権移転登記手続をせよ。

3  被告鈴木と原告らとの間において、原告らが別紙目録(二)の土地について非堅固建物所有目的、賃料一ヶ月金一五六〇円の賃借権を有することを確認する。

4  原告らのその余の請求はいずれも棄却する。

5  被告鈴木の反訴請求を棄却する。

6  被告鈴木と原告らとの間において、本訴、反訴を通じ生じた訴訟費用は、これを十分し、その九を被告鈴木、その一を原告らの各負担とし、被告木原と原告らとの間において生じた本訴の訴訟費用は被告木原の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

第一本件建物の所有権の移転

一  被告木原の本件土地の賃借と本件建物の所有

被告木原がもと被告鈴木からその所有の別紙目録(二)の土地を非堅固建物所有目的で賃借し、その地上に同目録(一)の建物を所有していたことは当事者間に争がない。

二  被告木原から原告らに対する本件建物の所有権の移転

1  証人金子愛子、同笹原ツルの各証言と被告木原、原告ら各本人尋問の結果を綜合すれば次の諸事実が認められる。

(一) 被告木原は、本件家屋を原告田中に賃貸し、なお、被告木原肩書地所在同被告所有の家屋を原告笹原に賃貸していたこと

(二) 被告木原は、昭和二三年二月頃は別にその所有家屋に二階住いをしていたが妻が出産のため、(イ)その階下の借家人中山忠太郎に対しては、当時原告笹原が居住していた家屋に移転を求め、(ロ)原告笹原に対しては、当時田中の居住していた本件家屋を半分明けさせるから同所に移転するように求め、(ハ)原告田中に対しては、本件家屋の半分を明けて、原告笹原を入れさせるよう求めたこと

(三) その際被告木原は、原告らに右の移転、明渡の代償として、本件家屋を贈与する旨申し入れたこと(この贈与について、被告ら主張のような負担があつたかどうかは、別に判断する。)

(四) 原告らは昭和二三年二月八日被告木原の右申入を承諾し、その頃原告田中は本件家屋を半分明けて、原告笹原を入れたこと

以上の事実のうち、(一)、(二)の(ロ)、(ハ)、(四)の明渡、転居の各事実は、原告らと被告木原との間では争がない。

2  単純贈与か負担付贈与か。

被告らは、右贈与については「本件家屋の所有権移転に伴う公課、財産税および費用など約二万円の金を前払で払うならば、その所有権を移転する。」という負担付贈与であつたと主張するので、この点を検討する。

被告鈴木本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第二号証(被告鈴木と原告らとの間では成立に争がない。)、証人笹原ツルの証言、原告ら各本人尋問の結果を綜合すると次の事実が認められる。

(一) 被告木原は昭和二三年暮原告に対し、直接地代を地主である被告鈴木に支払うように申し入れ、その後被告木原は、原告らから本件家屋に関する固定資産税、非戦災者税のみの支払を受けていたこと。

(二) 原告らは、昭和二三年暮本件土地の所有者被告鈴木との話合で右土地の賃借人となり、次いで昭和二四年一月三〇日被告鈴木と本件土地に関する賃貸借契約証書を作成し、その後被告木原は、原告笹原の被告鈴木に対する本件土地の賃借人としての義務の履行について保証人となつたこと。

(三) その後二回程地代値上の交渉が行われたが、その交渉は被告鈴木と原告らとの間だけで行われ、被原木原がこれに関与したことはなかつたこと。

(四) 本件建物は、震災前に建築された建物で当時すでに相当腐旧していたこと。

以上の事実が認められ、その反面被告木原は、その本人尋問に際し、被告らのいう「本件家屋の所有権移転に伴う公課、財産税および費用約二万円」の内訳明細を明確にし得ず、またその額を原告らに伝えた日時も遂に明確にすることができなかつたのである。

被告木原としては、相当古い家屋とはいえ、三五坪余の家屋を原告らに贈与するのであるから、たとえ同被告に差し迫つた事情があつて原告らに早急に家屋の明渡と転居を迫つた事情があつても、被告ら主張の負担を申し出ることは必しもあり得ないことでもないと思われるが、前記のような諸事情もあるので、結局裁判所は、本件に現われた全証拠によつても、何れとも確信できないのである。

従つて、右贈与契約について、被告ら主張の負担があつたものとすることはできない。

なお、被告らは昭和二五年頃原告らと被告木原との間に本件建物の所有権を移転するための金員支払の約定ができたというが、この点の被告木原本件尋問の結果は採用しがたいし、他にこれを認めるに足りる証拠がない。

三  被告木原と被告鈴木との間の本件建物の所有権の移転

被告ら各本件尋問の結果によれば、被告木原は、昭和三二年六月一八日被告鈴木に対し本件建物を代金一一万円で売渡したことが認められ、同日主文第一項のとおり被告鈴木のため所有権取得登記がなされたことは当事者間に争がない。

第二原告らと被告鈴木との間の本件建物の所有権の対抗関係

一  前認定のように、被告木原は昭和二三年二月八日本件建物を原告らに贈与したが、その所有権移転登記手続を経由しないでいたところ、昭和三二年六月一八日に至つて、本件建物を被告鈴木に売却し、同日その所有権移転登記を経たものである。

原告らは、本件建物について所有権取得の登記を欠くため、被告鈴木がたとえ前記贈与について悪意であつても、同被告に対し、本件建物の取得を対抗できないと解するのが一般である。

しかしながら、いかなる場合にでもこの原則が貫徹されるわけではなく、悪意の第三者が登記の欠缺を主張することが著しく信義に反する場合には、その者に対して登記なくして物権を対抗できることは、大審院昭和九年三月六日判決(民集一三巻二三〇頁)の明かにしたところである。

二  この観点から見ると、次の諸点が注目されるのである。

前認定のとおり、被告鈴木は、昭和二三年暮頃被告木原から原告らに対し本件建物の所有権が移転し、従つて被告木原から本件土地に関する賃借権もまた原告らに移転したことを承認し(この点について、被告鈴木は、右承認は要素の錯誤により無効であるというが、前認定のとおり、当時本件建物の所有権は原告らに移転していたのであるから、被告鈴木はこの点について何らの錯誤もなかつたものというべきである。)、原告らと本件土地について本件建物所有を目的とする賃貸借契約を締結して、原告らが本件建物を所有する目的のため本件土地の賃貸義務を負担し、以後八年余に亘つてこの関係を承認し、この間三回程原告らと交渉して賃料の値上をして来たのである。

かような関係の下において、被告鈴木が今更原告らの本件建物の所有権を否定することは著しく信義に反するものといわなければならない。

被告らは、原告らが本件土地の賃料を滞納していたと主張する。

なるほど、原告各本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第四号証のの(イ)、(ロ)各四(以上は被告鈴木において成立を認めるところである。)によれば、昭和三二年六月一八日当時原告田中は、昭和三二年一一月分から昭和三三年五月分までの七ヶ月分(一ヶ月分は、六八〇円)、原告笹原は、昭和三三年二月分から同年五月分までの四ヶ月分(一ヶ月分は、七八〇円)の各地代が未納となつていたことが認められる。なお、地代の支払期が毎月二八日であることは原告らの自認するところである。

原告らのこのような地代支払状況は、責めらるべきものであつて被告鈴木にとつて好ましいものでなかつたことは当然である。

しかしながら、被告鈴木にはこの程度の原告らの地代滞納に対処する適当な方途は他にあるのであつて、前認定の諸状況の下において原告らの所有権を否定することは、原告らの賃料の滞納の程度と著しく権衡を失した行為であつて、前説明のとおり、被告鈴木が原告らの本件家屋の所有権取得を否定することは、なお著しく信義に反するものというべきである。

三  このように不動産の所有権移転を承認し、これを前提として法律関係を結んだ者が、その承認を飜えして相手方の権利取得をその登記欠缺を理由として否定することが著しく信義に反する場合には、承認を受けた不動産の取得者は、その登記なくしてその承認をした者に対抗できるものというべきである。

従つて、原告らは、本件建物の所有権をもつて、被告鈴木に対抗でき、被告鈴木は、原告らの本件建物の所有権取得を否定できないから、被告鈴木は、結局原告らの所有する家屋について権限なくその所有名義を有することに帰するので原告らのため主文第一項の所有権取得登記を抹消する義務がある。

第三被告木原の本件建物の所有権移転登記義務

被告木原は、前認定のとおり、昭和二三年二月八日原告らに本件建物を贈与しているのであるから、原告らに対し本件建物について昭和二三年二月八日贈与に基く所有権移転登記手続をなすべきものである。

第四原告らと被告鈴木との本件土地の賃貸借関係

被告木原がもと被告鈴木からその所有の別紙目録(二)の土地を非堅固建物所有の目的で賃借し、その地上に同目録(一)の建物を所有していたことは当事者間に争がなく、前認定のとおり、被告鈴木は、昭和二三年暮原告らが被告木原から本件建物の所有権の移転を受け、右土地の賃借権を取得したことを承認したものであるからここに原告らと被告鈴木との間に非堅固建物所有を目的とする賃貸借関係が生じたものというべきである。

被告鈴木は本件建物の所有権が同被告に移転したことを前提として、右賃貸借の目的の不能をいうが、この前提自体をとり得ないので右主張は採用できない。

なお、被告鈴木が成立を認めている甲第四号証(イ)、(ロ)の各一ないし四を綜合すれば、原告らは各自別に地代の額を定めて被告鈴木に支払つていたことが認められるけれども、同被告の成立を認める甲第二号証と原告各本人尋問の結果によれば、原告らは、共同して本件土地を一括して被告鈴木と本件土地の賃貸借契約を結び、特に原告ら各占有部分を画然と分離して、各独立にその占有部分について同被告と賃貸借契約を締結しているものではないことが認められる。

前掲甲第四号証の(イ)、(ロ)の各四と成立に争のない乙第六号証によれば、右土地の本件口頭弁論終結時の約定賃料の合計は、一ヶ月一、四六〇円であることが認められるが、原告らは一ヶ月一、五六〇と主張しているのでその主張の限度で認容することとなる。

第五被告鈴木の反訴と原告らの不当利得の主張について

一  被告鈴木と原告との間の本件建物の賃貸借の存在

1  被告鈴木は、同被告が本件建物を取得した当時被告木原と原告らとの間に本件建物の賃貸借関係があつたというが、この点に関する被告各本人尋問の結果は採用しがたく、その他これを認めるに足りる証拠はない。

もつとも、原告田中と被告木原との間に昭和二三年二月七日まで本件建物について賃貸借関係の存したことは、同原告の自認するところであるが、前認定のとおり、同原告が本件建物の所有権を取得して、被告木原との賃貸借関係は終了したものと認められる。

2  被告鈴木は、昭和三二年九月一八日付、昭和三三年七月一五日付各内容証明郵便で原告らに対し、原告らの本件建物の占有部分に応ずる賃料の支払を催告し、原告らがその頃被告鈴木に対しその要求する額の金員を支払つたことは原告らと被告鈴木との間に争がない。

被告鈴木は、この事実から、原告らが本件建物賃貸借関係を承認し、かつ、賃料も催告の額に改訂されたと主張する。

しかし、被告鈴木が成立を認めた甲第六号証の一、二と原告田中本人尋問の結果を綜合すれば、(イ)原告らは、被告鈴木からの前記内容証明郵便を受けて、将来本件家屋の所有権の帰属に関する紛争がどのように展開しても、家屋明渡という最悪の事態を招来しないようにとの配慮から被告鈴木に要求の金員を支払い、直ちに原告代理人を通じて、右金員の支払は、家屋の賃貸借の存在を承認したものでないとの趣旨の書面を被告鈴木の代理人に送付していること、(ロ)他方原告らは昭和三二年九月以降被告鈴木に対し、本件土地の賃料を弁済のため供託していることが認められるから、右金員の支払をもつて、原告らが本件家屋の賃貸借を承認したものとは認められない。

二  原告らの不当利得の主張について

原告らが前記のとおり二回に亘つて被告鈴木に支払つた金員(原告笹原について、金一五、八〇一円、原告田中について、金一七、二八〇円)は、原告らが本件家屋の賃料として支払うべき筋合でないことを知りながら、これを支払つたことは、原告らの自認するところである。

以上によれば、民法第七〇五条により、原告らは、その支払つた金員について、その返還を求めることはできない。

三  原告笹原の別紙目録(四)の建物所有について

原告笹原が別紙目録(四)の建物を同目録(三)の地上に所有して、右土地を占有していることは、同原告と被告鈴木との間に争がない。

前認定のとおり、原告笹原は、被告鈴木から右土地を含む本件土地を家屋所有目的のため賃借しているのであるから、同原告は右目録四の建物を右賃貸借権に基いて所有しているものと認めるのが相当である。

第六結論

以上のとおり、原告らの本訴請求のうち不当利得返還請求を除くその余の請求は、正当であるから、これを認容し、その余の原告らの本訴請求と被告鈴木の反訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚正夫)

<以下省略>

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